洲本城 西日本最大級の水軍の山城 淡路島

淡路島で「城郭」といえば洲本城です。洲本城は、兵庫県洲本市南部にある標高133メートルの三熊山にある山城です。当時の淡路国の拠点です。東西800メートル、南北600メートルに総石垣造の曲輪(くるわ)があります。かつては西日本最大級の水軍の山城といわれました。現在は国の指定史跡、兵庫県の指定文化財に指定されています。

本丸を取り囲んでいる石垣と本丸へ通じる階段が壮大で立派です。天守には1928年に展望台として建てられた模擬天守閣(現在入場不可)があります。本丸石垣の上からの眺望は見事です。かつて水軍の城として築かれた洲本城ならではの景色は、洲本八景の一つとして数えられています。

外洋に目を向けると洲本城下の町並みのみならず大浜海岸から紀淡海峡を一望できます。内陸に目を向けると淡路富士と称される先山からの美しい峰を含めて淡路島の山々が一望できます。淡路水軍の本拠地だった遺構がうかがえます。また、春には本丸周辺が薄紅色に覆われる桜の名所で多くの花見客で賑わいます。

なお、アクセスは車の場合、駐車場は山頂部の大手門跡脇(馬屋曲輪跡)にある無料駐車場(約20台)が本丸に近くて便利です。

洲本城の詳細情報

  • 住所:〒656-0023 兵庫県洲本市小路谷1272-1
  • 電話:0799-25-5820
  • 駐車場:大手門跡脇(馬屋曲輪跡)20台(無料)その他50台(無料)
  • アクセス:神戸淡路鳴門道洲本ICから車で約25分

洲本城の見どころ

大手門

洲本城が大改修が行われた当時の「城絵図」には、大手口がありません。山麓にある居館から大手口に入る道も描かれていません。「馬屋」とか「月見台」とか呼ばれる大手門周辺の「勘七郭(かんしちくるわ)」は、当時から存在していたそうです。

当時の家臣で軍師であった佐野勘七の屋敷があったことから、「勘七郭」と名付けられた考えられています。この周辺は軍事施設だった形跡がありません。大手門は、洲本市が廃城となった江戸時代に作られたそうです。目的や理由ははっきりしておらず、「謎」とされています。

本丸の大石段

広々としたゆったりとした大石段が天守へと導いています。しっかりした土台の見事な石造りは、当時の洲本城の威風を感じます。一段一段と上りやすい石垣からは、当時の洲本城に参内する多くの人々の賑やかさを感じることができます。洲本城の一番の見どころになるかもしれません。

本丸の高石垣

本丸周辺の石垣は高く堅牢で、東西南北と四方を取り囲んでいます。脇坂安治が増改築により高く築かれました。本丸南の石垣は、石垣の上部は積み足された跡もあり、反りも加えられています。関が原の合戦以降の増改築と推測されています。本丸北東隅には、小天守台の鬼門除けの石垣があります。

悪鬼が出入りする鬼門となり、鬼門除けとして石垣に屈曲を設けています。鬼門除けの石垣の下には洲本城の鎮守の八王子社があります。本丸南西には、天守台の隅角の石垣があります。大きな割石を左右交互に組んでいき、算木積みに近い出来栄えです。天守台の石垣は特に堅牢で、穴太積みとなっています。関が原の合戦以降の増改築と推測されています。

本丸南の虎口

大石段から本丸への直進を拒み、屈曲した内枡形を構成した城の出入口となる虎口です。巨大な門の柱を支えていた礎石が2個残されています。枡形虎口は、虎口を四角形の枡形状に築いた石垣となります。大石段の正面の高麗門を突破して右折して櫓門に進んでも、多聞櫓で枡形に四方を囲まれます。本丸の強力な防衛となります。

搦手口と北の虎口

大天守の間近にある三熊山の北斜面の急峻な地形が天守を防衛します。現在は、搦手口といわれていますが、当時は大手口であったと推測されています。搦手口からの進入を防ぐのが北の虎口です。南の虎口と同様に、巨大な門の柱を支えられた礎石が2個残されています。

鏡石

本丸北の虎口に西面する石垣に、大きくて平らな石が積まれています。鏡石です。臣秀吉の大阪城にも、大手門、京橋口、本丸桜門の三カ所に鏡石があります。鏡は邪悪なものを退ける霊力があるとされていることから、本丸を邪悪から守る石とされています。

天守台と本丸

本丸台、天守台の石垣は、乱積みに代わって割り石も大きく、石材を横位置に積み、穴太積みとなっています。乱積みと異なり横目地が通っています。洲本城の中心となる本丸は、本丸の北側に大天守と小天守の天守台があります。その間をつなぎ櫓で結ばれた連結式天守と推測されています。

後に洲本から伊予に移封となった脇坂安治が築城されたとされる大洲城の絵図からも、洲本城の本丸は多聞櫓で囲われて強固だったと考えられます。天守や多聞櫓は板張りだったと考えられます。なお、1928年に建てられた模擬天守閣(現在入場不可)は現在、日本最古となります。

天守台からの絶景

天守台からは、断崖絶壁の石垣にあり180度に広がる絶景が見渡せます。眼下には城下町の遺構が残る碁盤の目のような洲本の町並みが広がります。東の外洋に目を向けると洲本城下の東端にある大浜海水浴場から紀淡海峡を一望できます。

西の内陸に目を向けると淡路富士と称される先山からの美しい峰を含めて淡路島の山々が一望できます。淡路水軍の本拠地だった遺構がうかがえます。

登り石垣

三熊山の山裾の平城から山頂の山城まで連結された石垣です。「登り石垣」といわれています。全国でも松山城、彦根城、洲本城と3つしかない数少ない遺構です。洲本城の登り石垣だけは二十数段の階段状に築かれています。西の登り石垣と東の登り石垣の2条があります。西の登り石垣は天守から山麓の居館まで、東の登り石垣は東の丸から山麓の居館まで結ばれています。

登り石垣は、朝鮮出兵で日本軍が海岸から丘陵の本丸を結んだ城郭を防衛するための石垣です。脇坂安治が洲本城に採用しました。山城と平城の補給路を絶たれないための防御や、平城から山城へ移動する経路の確保として考えられています。急勾配な山の斜面にあり、石垣に崩落もあり近寄って見学することはできません。

中務母義の郭

本丸東側は郭となっている広場があります。当時の脇坂安治の母や一族が居住していた中務母義の郭と推測されています。豊臣秀吉が築いた大阪城には山里郭があり母が居住していました。洲本城の中務母義の郭も、樹木が草花のある自然の趣があることから山里郭であったとされています。

日月の池、日月の井戸

本丸の南東の谷には、湧き水があり石垣を築いて日月の池が施されています。近くには井戸も掘り、井戸の底に日月の彫り物があるとされる日月の井戸です。山城の生命線となる水は、山麓を利用せずに湧き水を得られました。

そのことから、洲本城の山城としての存在価値は高かったとされます。日は光と命を意味しており、月は復活を意味しています。日常用に使われたり、籠城用に備えられたりされたと推測されます。

東の丸

洲本城東の最前線を防衛する石垣として、割り石の乱積みで高く築かれています。南の谷まで長く続いています。最前線の防衛として東二の門に虎口が造られています。本丸と水を守る重要な石垣と門とされています。

森林に包まれて石垣の詳細は見られないが、洲本城で最も大規模な石垣とされています。また、石垣の高さや長さからも東の丸が重要な防衛ラインであったことを窺わせています。当時、本丸と合わせて2段の土地の高さを利用した郭であったと推測されています。

洲本城で最も古い石垣は東の丸の二段の郭にあります。森林で覆い隠されていますが、東の丸の小高い丘の上にあります。石垣からは、大阪湾や紀淡海峡を見渡すことができたと推測されます。東の丸は、森林により全貌が明らかになっていませんが本丸と同レベルの石垣があります。

おそらく、東の丸からは本丸をはるかに凌ぐ紀淡海峡を見張る機能が備わっていたと考えられます。なお、石垣の隅角が鈍角となる建築法を鎬角といい、古い石垣にみられます。東の丸の高い石垣は鎬角となっています。洲本城は鎬角が数多くあり時代背景が分かります。

武者溜

東の丸の外側にある武者の集合や召集で勢ぞろいした場所です。東端に洲本城と城下町洲本を結ぶ東一の門がありました。この門が淡路水軍の出兵する門であったとされています。現在は木が覆い茂っていますが、当時は海が望めて見張りをしていたと推測されます。

西の丸

西の丸は、本丸から250メートルほど西に離れた場所にあります。石垣が割り石のままの乱積みで高さも低いです。鎬角が鈍角に築かれています。距離の長い石垣の崩れを防止するための築き方です。

残念石

西の丸への道中に洲本城で発見された唯一の残念石があります。残念石とは、石垣に使用するために切り出された巨石の中で、何らかの事情で役目を果たせなかった石のことです。残念石には矢穴が彫られており、割られる準備もされています。

なお、洲本城に用いされた石材は三熊山で採掘された砂岩や礫岩です。三熊山は和泉層群と呼ばれる地層であり、砂岩や礫岩が堆積しており城郭を造るのに適していました。

洲本城の歴史

紀州熊野水軍の頭領 安宅治興

三熊山に初めて城が築かれたのは室町時代の末、1526年(大永6年)とされています。三好氏の重臣であり紀州熊野水軍の頭領であった安宅治興が土塁や柵などで築城したとされています。

「石垣の城」でなく「土の城」であったと考えられています。その後は養子の冬康(三好長慶の弟)、長男の信康、二男の清康へ引き継がれました。しかし、その後の織田信長の淡路国攻め(淡路国討伐)により1581年(天正9年)に清康は総大将の羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に降伏して安宅氏は滅亡しました。

四国攻めの前線基地

洲本城は、「本能寺の変」の後の1582年(天正51年)に、羽柴秀吉の配下の武将であった仙石秀久が入封しました。四国攻め(四国征伐)の前線の基地として、水軍の拠点の城として、石垣の城が築かれました。その後、仙石秀久は讃岐高松城に移封しました。

脇坂安治で大阪城の出城に

次に、1585年(天正13年)に羽柴秀吉の配下で「賤ヶ岳の七本槍の一人」であった脇坂安治が3万石で城主となりました。1609年(慶長14年)までの24年間にわたり洲本城の天守閣の造営や石垣の改修に尽力しました。現在の洲本城の姿に色濃く反映されています。当時は、大阪城や大阪湾、紀淡海峡の防衛するために、大阪城の出城としての役割を担いました。

淡路水軍で九州攻めや小田原攻め

脇坂安治は淡路水軍を吸収して編成して洲本城を淡路水軍の本拠地として豊臣水軍の中核を形成しました。当時の豊臣水軍は、脇坂安治をはじめ、九鬼嘉隆や加藤嘉明などの武将たちの指揮により大変強力だったとされています。九州攻め(九州征伐)、小田原攻め(小田原征伐)、朝鮮出兵などに戦果を挙げました。

登り石垣は松山城と彦根城と洲本城のみ

山上と山麓を連絡する石垣を築造されたといわれています。洲本城には2条の登り石垣があります。脇坂安治が、朝鮮出兵において倭城築城の経験などに影響を受けたとされます。石垣は「登り石垣」といわれ、松山城、彦根城、洲本城など数少ない遺構といわれています。登り石垣の目的は、山城と平城の補給路を絶たれないための防御や、平城から山城へ移動する経路の確保として考えられています。

転結式天守の増築

その後、脇坂安治は関が原の合戦で石田方から徳川方に寝返りました。そのことで領地は安堵され洲本城の本丸周辺を大改築することができました。洲本城は、脇坂安治により改築や改修が施されました。天守閣は連結式の天守閣に改築されたといわれています。

連結式天守とは、大天守と小天守がつなぎ櫓で結ばれている天守のことです。洲本城の本丸にある天守台は、大天守台にL字型の小天守台があったことから、連結式天守であったことが推測されています。また、当時の年代からは天守閣は望楼型であったと推測されています。

洲本城の廃城と由良城の修築

その後、1609年(慶長14年)に脇坂安治が5万3500石で伊予の大洲へ移封となりました。代わりに姫路城の城主であった池田輝政の三男忠雄が洲本城に入封しました。忠雄は大阪城包囲のために洲本城を廃城して岩屋城と由良城を修築しました。その後、1615年(慶長20年)に大坂の陣の功により阿波徳島城主であった蜂須賀至鎮の家老であった稲田氏が由良城に入封しました。

由良引けで再び洲本城に

稲田氏は、1631年~1635年に再び由良城を廃城して洲本城に再び本拠を移転して城下町を形成しました。この「由良引け」により洲本城が淡路政庁と定められて明治維新まで稲田氏が洲本城代を務めることになりました。1642年に山城は不要とされて洲本城下に淡路政庁を移転しました。

西日本最大級の水軍の山城

その後、明治維新により洲本城は廃城となりました。現在の鉄筋コンクリート製の模擬天守は1928年(昭和3年)に昭和天皇御大典記念として建造されました。1999年(平成11年)に洲本城の本丸を含む山上の史跡は国の史跡に指定されました。城跡の規模は、東西800m、南北600mの範囲におよび総石垣造の曲輪(くるわ)があることから西日本最大級の水軍の山城といわれています。

洲本城のアクセス

洲本城へのアクセスとして、自動車で本丸近くの無料駐車場に停車する手段、自動車で大浜海水浴場の無料駐車場に停車して徒歩で三熊山の洲本城に登る手段、高速バスで洲本高速バスセンターに到着して徒歩で三熊山の洲本城に登る手段の3つが考えられます。

自動車の場合

自動車の場合は、洲本インターチェンジから車で約25分程度で、本丸近くの大手門跡脇(馬屋曲輪跡)の無料駐車場(約20台)に到着します。そこから徒歩約5分程度で洲本城跡の本丸に到着します。なお、大手門跡脇(馬屋曲輪跡)の駐車場の一段下にも無料駐車場(約20台)があります。

洲本城の住所と電話

  • 住所:〒656-0023 兵庫県洲本市小路谷1272-1
  • 電話:0799-25-5820

徒歩の場合

徒歩の場合は、大浜海水浴場の無料駐車場に停車して三熊山を登山することになります。洲本インターチェンジから車で約20分程度で、大浜海水浴場(大浜公園)の無料駐車場(約100台)に到着します。駐車場の入口は、松林が見えてから一番奥にあります。駐車場からは、道を挟んで向かいにある「ホテル夢海遊」の隣にある三熊山(洲本城)の登山口から登ります。徒歩約20分程度で洲本城の本丸に到着します。

大浜海水浴場(大浜公園)の住所と電話

  • 住所:〒656-0022 兵庫県洲本市海岸通1丁目
  • 電話:0799-22-8372

高速バスの場合

高速バスは、神戸三ノ宮駅、高速舞子駅、学園都市駅、新神戸駅、大阪阪急3番街、なんば駅から発車しています。洲本高速バスセンターで降車します。洲本高速バスセンターに到着すると山の上にある城が洲本城となります。そちらに向かって大通りとなる海岸通りを歩きます。徒歩5分で大浜海水浴場(大浜公園)に到着します。そのまま松林に沿って歩くと「ホテル夢海遊」に到着します。本館の隣にある三熊山(洲本城)の登山口から登ります。徒歩約20分程度で洲本城の本丸に到着します。

淡路交通バス

  • 高速舞子駅ー洲本BC(所要時間60分、乗車料金1550円)
  • 学園都市駅ー洲本BC(所要時間75分、乗車料金1600円)
  • 神戸三宮駅ー洲本BC(所要時間85分、乗車料金1850円)
  • 大阪 梅田阪急3番街ー洲本BC(所要時間120分、乗車料金2350円)

阪急高速バス

  • 大阪 梅田阪急3番街ー洲本BC(所要時間120分、乗車料金2350円)

本四海峡バス

  • 高速舞子駅ー洲本BC(所要時間60分、乗車料金1550円)
  • 三宮BT-洲本BC(所要時間85分、乗車料金1850円)
  • 新神戸駅ー洲本BC(所要時間95分、乗車料金1850円)
  • なんば駅(OCAT)ー洲本BC(所要時間120分、乗車料金2350円)

洲本城が続日本100名城に選定

「続日本100名城」は、日本城郭協会が設立50周年の記念事業として、2017年4月6日の(城の日)に、選定した名城の一覧です。洲本城も選定されました。2018年4月6日(金)から「続日本100名城スタンプラリー」が開催されています。なお、洲本城のスタンプの設置場所は、洲本城跡(上の城跡)ではなく、山すそにある洲本市立淡路文化史料館(下の城跡)となります。付近には石垣や堀などがあります。入口の受付付近にスタンプが設置されています。

洲本城 続100名城に認定 スタンプラリーが開始
4月6日(金)の「城(しろ)の日」から、日本城郭協会が制定した「続日本100名城」のスタンプラリーが始まっています。公式スタンプ帳を持って、全国の100名城を訪れてスタンプを100個集めると「続日本100名城登城者」に認定されます。淡路島の...

洲本市立淡路文化史料館の詳細情報

  • 住所:〒656-0024 兵庫県洲本市山手1-1-27
  • 電話:0799-24-3331
  • 入館料金:大人400円、高校・大学生250円、小中学生100円
  • アクセス:神戸淡路鳴門道洲本ICから車で約25分

洲本城のイベント

洲本城桜まつり

毎年春になると洲本城は、本丸周辺が桜の薄紅色で覆われて風情があります。本丸を取り囲む立派な石垣の上にも、本丸へ通じる壮大な石垣の周辺にも桜が咲き、風情を感じさせます。山城と山桜の組み合わせは歴史ロマンが漂い日本独特の美を感じさせます。本丸からの景色は素晴らしいです。4月上旬に「洲本城さくらまつり」が開催されます。桜餅の振る舞い、花のプレゼントの他、ウクレレや和太鼓など音楽ステージ、お笑いのライブ、バルーンパフォーマンス、クイズラリーやガイドツアーなどが行われています。

淡路島 桜の名所おすすめ4選 人気お花見スポット
淡路島には桜の名所やお花見スポットがたくさんあります。淡路島を代表する名所では、洲本市では約600本の桜がある曲田山公園と洲本城の2つ、淡路市では約900本の桜がある兵庫県立淡路島公園、南あわじ市では約800本の桜がある諭鶴羽ダム公園の4つ...

洲本城まつり

毎年11月に三熊山の洲本城跡で開催されているまつりで、昨年で9回を数えます。洲本城本丸の横にある芝生広場がメイン会場となっています。恒例行事は武士の格好をして歩く「武者行列」です。この他、謎解きクイズラリーやチャンバラ合戦、スイーツの振る舞いや松帆銅鐸バッチ作りと様々がイベントが行われるとともに飲食の出店も登場します。

洲本城まつり(第9回)淡路島洲本市三熊山洲本城跡(11/3)
11月3日(金)の午前10時~午後15時に三熊山の洲本城跡で第9回洲本城まつりが開催されます。洲本城まつりは、国史跡である洲本城跡の歴史を振り返り、洲本城跡の魅力を伝えてPRして、城下町の洲本市の活性化へとつなげるために、2009年から市民...

洲本城周辺の観光スポット

洲本市民広場 ドラゴンクエスト30周年記念碑の銅像

ドラゴンクエストの生みの親である堀井雄二さんの出身地として、洲本市民広場のイベント建物前に、ドラゴンクエスト30周年記念碑が建立されています。主人公の勇者が装備する武器「ロトの剣」と防具「ロトの盾」、人気キャラクターのスライムが寄り添った銅像が建てられています。

淡路島洲本市 ドラクエ記念碑 聖地巡礼4選 堀井雄二さん故郷
淡路島洲本市はドラクエ(ドラゴンクエスト)の聖地としての地位を確立しつつあります。ドラクエ(ドラゴンクエスト)生みの親である堀井雄二さんの故郷であることを最大限に活用して、現在では洲本市の名誉市民となった堀井雄二さんと一緒になって地元で展示...

洲本市民広場の詳細情報

  • 住所:〒656-0021 洲本市塩屋1丁目1-17
  • 入場料:無料
  • 駐車場:洲本バスセンター駐車場、イオン洲本店、エディオン洲本店
  • 最初1時間無料、その後1時間毎に100円
  • アクセス:神戸淡路鳴門道洲本ICから車で約15分

洲本レトロこみち 城下町の風情が残るショップが並ぶ通り

淡路島洲本市に城下町の風情が残る「洲本レトロこみち」があります。江戸時代以降の古い町家や小民家や空き家などをリノベーションしたオシャレな店舗が並ぶ通りです。週末に、個性的なカフェやレストランやショップなど20店舗以上が営業します。レトロな「まち歩き」が楽しめます。

洲本レトロこみち 淡路島の城下町でカフェやレストランやショップが並ぶ通り
洲本レトロこみちは、淡路島の洲本市にある城下町の風情が残る小路です。一本の細い通りには、江戸時代のまま残る古い町家や小民家、空き家を利用したお店が並んでいます。現在、ショップがカフェやレストラン、ショップなど個性的でオリジナルなお店が約25...

洲本レトロこみちの詳細情報

  • 場所:洲本レトロこみち
  • 住所:〒656-0025 兵庫県洲本市本町5-4-8(洲本オリオン周辺)
  • HP:城下町洲本レトロなまち歩き
  • 駐車場:洲本バスセンター駐車場、イオン洲本店駐車場、エディオン洲本店駐車場
  • 駐車料金:最初1時間無料、その後1時間毎に100円

大浜海水浴場 淡路島で人気のビーチ

洲本市の市街地に隣接する白砂青松の風光明媚な海水浴場です。南北750m、東西55mに伸びた砂浜は、見事な曲線を描いて広がっています。遠浅の海で水遊びが楽しめます。淡路島で人気のビーチです。遊歩道が整備されて海浜公園となっています。穏やかな海辺、美しい砂浜、立派な黒松、ふもとの山々を眺めながら散策を楽しむことができます。

大浜海水浴場 淡路島洲本市の人気ビーチ 遠浅で無料
大浜海水浴場は、洲本市にある慶野松原と並び淡路島を代表するビーチです。環境省の「快水浴場百選」に選定されています。南北750メートル、東西55メートルに見事なカーブを描きながら広がる白砂は美しいです。遠浅の海は波が穏やかで泳ぎやすいです。駐...

大浜海水浴場の詳細情報

  • 〒656-0022 兵庫県洲本市海岸通1丁目
  • 入場料:無料
  • 駐車場:無料(普通車約100台)海岸沿い最奥
  • アクセス:神戸淡路鳴門道洲本ICから車で約15分

淡路ごちそう館 御食国 赤レンガ建物の大型レストラン

洲本市中心部で食事とショップが一体の100名を収容できるレストランです。大正時代の赤レンガ造りの建物は、約14.5mの吹き抜けが開放感を演出します。淡路牛、淡路島玉ねぎ、淡路米など名産による多彩な料理が心を和ませます。ショップは数百種類の淡路島のお土産が揃っています。

ごちそう館 御食国(みけつくに)の詳細情報

  • 住所:〒656-0021 兵庫県洲本市塩屋1丁目1-8
  • 電話:0799-26-1133
  • 営業時間
    ランチ:11:30~14:30(ラストオーダー)
    ディナー:17:00~20:00(ラストオーダー)
    特産品店:10:00~20:00
  • 休業日:水曜日
  • HP:ごちそう館 御食国(みけつくに)
  • 駐車場:洲本バスセンター駐車場(最初1時間無料、その後1時間毎に100円)
    (※利用合計4000円以上で1時間分駐車無料券をプレゼント)
  • アクセス:神戸淡路鳴門自動車道洲本ICから車で約15分
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